すっかり木々の葉が緑から黄色に変化しつつあるここフランクフルトでは、昼間の気温はおよそ15度前後とすっかり冷え込んできました。先週日本にいたときは半袖で歩いていても昼間は寒くなかったのに、12時間かけて帰国したドイツでは人々がコートをまとい冬の準備をし始めたところのようです。

2009年3月から非常に慌ただしい生活を余儀なくされ、気がつけば10月になっていました。この半年、ブログをすっかりお休みしてしまったことは悔やまれるところですが、その反面少しずつですが生活に変化が現れ且つ私的にはかなり良い方向に進んでいるので、嬉しい限りです。

その変化の一つ目は、フランクフルトの都心へ引っ越したことです。今までも市内に在住し、地下鉄やバスなどの交通も小都市なのにかなり網羅され特に不憫さは感じてなかったのですが、この小さなお城へ訪れる友人たちは口々に便利になったと賞賛をやめないのです。それは私自身もこの上ない立地条件のため便利になったと実感する今日このごろです。また日本人経営の美味しい日本食レストランが目と鼻の先に存在します。仲良し同僚の彼が私の近所に住んでいる手前、よく彼らはそのレストランに誘ってくれるのですが、メッセが多い9月ー10月はかなり団体予約でいっぱいで最近は行けずじまいです。とはいえ、何もお料理したくない日に美味しい和食がすぐに食べれるのは、海外在住者としてかなり恵まれています。日本語も話せる機会があるのもしかりです。とはいえその反面、この小さなお城は大通りに面しているため車の音はひっきりなしです。閑静な住宅街での小鳥たちのさえずりで目覚めていた別荘住まいの生活から、早朝、救急車のサイレンが新しい目覚ましの都会生活?です。

二つ目はフランス、パリが身近になったことです。もともと私の友人の多くはイタリア人で、ドイツに来てからは幸い大好きなイタリアへは年に何度も訪れていて、ドイツ同様に第二の故郷のように思えてます。しかしフランスには、日本人の仲良し友人達が皆フランス人男性と結婚して各地に移住したため何度か訪問してましたが、パリではありませんでした。それが今年になり、友人がパリに引っ越したり、その友人の家近くに同僚カップルが住んでいたり、仲良かった先輩がまたもやフランス人と結婚されパリに引っ越してたりと、自分が興味を持っていた遥か彼方美術館の宝庫パリが、この1年でかなり接近してきてくれました。おかげさまで、今はフランクフルトとパリの両方の生活に、イタリアのトリノや日本の家族が住む東京もたまに加わります。

そこで、今まではドイツ/フランクフルトを中心にお伝えしてきましたが、今後はフランクフルト周辺の欧州都市版も加えたいと思います。様々な都市を落ち着かずに行き来しているのはあまり好きではないのですが、その利点を生かし、色々な都市の比較、類似や相違点を含めてお伝えしていきたいです。個人的にフランスとイタリアは私が’食べ過ぎ’&’買い過ぎ’中毒を起こしやすい危険な国でもありますが、その危険なほど魅了するのはどんなものかをお伝えできればと考えております。実際、幸か不幸か、先月もイタリアで食べ過ぎてしまい、その2週間前にパリで購入した美しい細身のシルエットのスキニーデニムが今でははけません。

とは言っても、久々のブログはやはり先日9月27日に行われた選挙に関しフランクフルトの写真とともに記載します。
もちろん私は外国人なので選挙権はなく投票できませんが、どこの政党が与党になるかによって、私の生活も少しは影響されるでしょうからそれなりに関心はありました。連日ドイツではいろいろなテレビ番組でマニフェストを掲げた議員達が熱心に討論してたり、投票を呼びかける議員によるCMなどが放映されていました。政党に関しては頼りになるWikipediaさんがきれいにまとめていたのでお借りします。

現在連邦議会に議席を持つのは、以下の政党である。色は各党のシンボルカラー。
くろ▪ ■キリスト教民主同盟(CDU)-社会民主党と並ぶドイツの二大政党。中道右派の保守主義,キリスト教民主主義政党。2005年から政権与党。
あか▪ ■ドイツ社会民主党(SPD)-1998年から政権与党。2005年からはCDU/CSUの連立与党。中道左派の社会民主主義政党。19世紀からの伝統を持つ、西欧社民主義政党の中心的存在である。
みずいろ▪ ■キリスト教社会同盟(CSU)-バイエルン州のみの保守政党。CDUとは統一会派を組んで活動している。なお、CDUはバイエルンでは活動していない。
みどり▪■連合'90/緑の党-環境主義政党緑の党と旧東ドイツの民主化運動家の統一会派。1998年から2005年までSPDと連立政権を組んでいた。
きいろ▪■自由民主党(FDP)-自由主義を掲げる中道政党。
あか▪■左翼党(Die Linke)-かつての東ドイツの支配政党ドイツ社会主義統一党の後身。2005年に、離党したSPD左派と政党連合「左翼党」を結成し、民主社会党から「左翼党-民主社会党」へ改称。さらに2007年には政党連合を統一政党へと発展させ左翼党となった。

結果は以前に引き続きCDUのメルケルさんが続投することになりました。各政党の政策に関してはどうぞそれぞれのホームページをご参照下さい。ここではあえてマニフェストに関しては記載しませんのでご了承下さい。
それよりも、なぜドイツでは政党が色によって識別され言及され記載されるのか、非常に興味深く調べてみました。

そもそも政治団体を色の同定は古代ローマまでさかのぼります。ローマ皇帝達が馬に戦車を牽引させて競馬場(キルケンサスcircenses 英語ではcircus)で遊んでいた際、各々の好みの車を視覚的に識別するために色を用いたのが始まりのようです。その後ローマ帝国分裂後の東ローマ帝国でも宮殿と競馬場の貴賓席は通路で結ばれていたと言われるほど、政界のステイタスシンボルとして競馬場は広く栄えて行くことになります。

黒はキリストの苦しみや懺悔を意味し、プロテスタントの牧師の服はこれにより黒が使用されているそうです。
赤は革命のシンボル。フランス革命時には急進的な武装勢力が赤を身にまとっていたとも言われています。社会主義や共産主義をも意味します。
緑は自然の色。もちろん、環境保護を第一の目的としています。
黄は広告会社の色ともいわれていますが、1972年選挙戦に初めてFDPは黄色を使用して以来続いているようです。

ドイツ政党の色の歴史をたどればローマ時代にさかのぼり、ここ欧州はすべてはローマだった、一つの国であったことを改めて感じました。